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2007年9月29日 (土)

堺茶巡り その2 堺市博物館

仁徳陵の前を通過して、堺市博物館へ。

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博物館入り口付近で、利休さん (左) と紹鷗 (右) さんがお出迎え。

館内へ入って、館長の角山栄さんの講演。

  • 堺市博物館は、なぜ堺市立博物館ではないのか

    1980年(昭和55年)に、堺の市民が資金や物を集めて作った博物館。主体が市民であり、市立の博物館ではない。

  • 書籍Tea and Tourismより

    最近発刊された書籍。お茶の最新世界事情が書いてある。イギリス・中国・日本のお茶に関する施設の紹介がしてあり、日本は静岡の「お茶の郷」が採り上げられている。茶の湯発祥地である堺はなぜ紹介されないのだろう。

  • 堺という街

    堺は茶の湯ではよく知られているが、経済発展の様子はあまり知られていない。応仁の乱により京都は荒れ、そこから逃れた職人は堺へ向かう。その頃の堺は平和で金もあり、軍事産業もあり、外国からの情報も集まってくる国際貿易都市だった。特に鉄砲の生産は、イギリスやアメリカよりもずっと早くに分業による大量生産を成立させていた。

    茶の湯より前に、堺には連歌があった。連歌はお互いに心がわかっていないとできないもの。この和の精神が茶の湯へとつながっていったのではないか。

お茶に関することより経済と角山さんの身の上に関する話の方が多かったです。イギリスの経済の研究からお茶の方へも研究が進んだ方で、経済の視点から見たお茶もまた興味深いですね。陽蔵さんよりお勧め著書は「茶の世界史―緑茶の文化と紅茶の社会」 (中公新書 (596))「茶ともてなしの文化」 です。全国茶商工業協同組合連合会より出版される次号の「茶の文化」では、角山さんと陽蔵さんの対談が掲載されるそうです。


講演が終わってから、館内見学。堺のあの大きな古墳は、このごろは「仁徳陵」というのですね。昔は「仁徳天皇陵」と言っていたような。航空写真も展示してありましたが、堺には本当にたくさん古墳があります。仁徳陵は飛び抜けて大きい。地上で見ても、ただの森と小高い丘にしかか見えない・・・。

他、再現した昔のお店がおもしろかった。建物の庇が異様に大きく出ていて、そんな建物がつながっているため、堺では傘要らずと言われていた。む、日本のアーケードの原型?そういえば、関西の商店街、アーケードがあるところがほとんどだよなー。

 

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