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2011年2月13日 (日)

「第35回 背振山茶談議」のお知らせ

第35回  背振山茶談議

日時   平成23年2月26日(土) 午後2時~
場所   修学院  佐賀県神埼郡吉野ヶ里町坂本
テーマ  村岡 実  陸羽の「茶経」を読む
参加費  諸経費として300円 勿論、「ただも良し、・・」 

 チャの起源は、現在では中国西南部の雲南省を中心とする「東亜三角弧」であろうと考えられています。他方、茶の利用や喫茶は紀元前後にこの界隈の山岳少数民族から漢民族へ伝わり、やがて唐の時代の陸羽(733~804年)によって、茶に関するそれまでの知見と陸羽自身の茶に対する考えが、760年頃に「茶経」として著されました。
 この「茶経」は栄西の「喫茶養生記」の中にも引用されており、その後の中国でも日本でも多くの茶書が、この「茶経」に多大な影響を受けています。森鹿三によれば栄西の「喫茶養生記」における「茶経」の内容は、中国宋代初期(980年頃)の「太平御覧」からの引用であり、「茶経」原著は精査していないのではないかとも述べています。
 また、千利休が集大成した「茶の湯」、高遊外売茶翁が関わる「煎茶道」にも、「茶経」の影響が感じられます。高遊外売茶翁の「梅山種茶譜畧」には、この「茶経」や廬仝の「茶歌」が引用されていますが、茶経に関しては相国寺・大典顕常の「茶経」講話を拝聴したと言われています。
 日本での「茶経」の最初の翻訳は大典顕常による「茶経詳説」(1774年刊)ですが、その後に諸岡存の「茶経評説」(1941年刊)など数冊があります。今回は布目潮渢「茶経詳解」(2001年刊)を基に、「茶経」上・中・下巻 全10節の概要を紹介します。

 まだ寒い時節ですが、修学院境内にはの梅の花など早春の息吹が感じられることでしょう。暖かくして、お出かけください。
 なお、第36回は3月26日、午後2時から、修学院で予定しています。

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