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2011年3月10日 (木)

「第36回 背振山茶談議」のお知らせ

このころには、九州新幹線が全線開通してるんですなあ。佐賀にも停車駅「新鳥栖駅」がありますよ!

「第36回 背振山茶談議」

日時 平成23年3月26日(土) 午後2時~
場所 修学院  佐賀県神埼郡吉野ヶ里町坂本
テーマ 村岡 実  佐賀県茶業の歩み(1)嬉野茶業の基盤形成
参加費 諸経費として300円  

 佐賀県内では有明海及び玄界灘沿岸部を除いて、各地で自家用、販売用の茶が栽培されていました。しかし、今は約1000haの茶園も嬉野市、唐津市、武雄市、伊万里市などが主産地となり、その約7割強が嬉野市(嬉野町)に集中しています。
 佐賀県、長崎県で生産される茶は、茶の流通事情から「うれしの茶」のブランド名となっていますが、これには歴史的な背景があります。
 嬉野吉田郷土誌(昭和4年刊行)、別冊不動郷土誌(昭和7年刊行)によると、1440年に中国明の陶工が不動山地区で製陶の傍ら自家製の茶を製造し、1504年には明の紅令民が同じく不動山で南京釜で釜炒り茶を製造したと記されています(伝承の域)。
 次に、白石南郷の大庄屋・吉村新兵衛(1603~1657)が晩年の約7年間、息子らと不動山に茶を植栽しました。その後の紆余曲折を経て吉村家一族によって、茶が不動山から嬉野各地に普及しました。その中で吉村森右衛門(1715~1793)、吉村藤十(1795~1847)はその時代状況に的確に対応した嬉野茶業の偉人であります。時代的には嬉野茶が高遊外売茶翁、幕末の大浦慶にも関わっています。
 また、1690年にオランダ商館付の医師として来日したケンペルが1691年と翌年に長崎出島から江戸への参府の行程記「江戸参府旅行日記」にも、同じく1823年に来日したシーボルトの「江戸参府紀行」にも当時の嬉野茶が記述されています。
 今回は、これらについて概略を報告します。

 寒さが続いた今年の冬もようやく初春の暖かい時節になりました。桜の名所、修学院の境内では、桜を初め多くの木々、草花が楽しめそうです。
 「地域の茶の間」、背振山茶談議へのお越しを、お待ちしております。

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