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2012年6月 8日 (金)

「第51回 背振山茶談議」のお知らせ

「第51回  背振山茶談議」

日時   平成24年6月30日(土) 午後2時~
場所   修学院  佐賀県神埼郡吉野ヶ里町坂本
テーマ  村岡 実  高遊外著「梅山種茶譜略」を読む
参加費  諸経費として 300円  

 売茶翁の愛称で知られる高遊外(1675~1763年)が、明恵縁の高山寺僧密弁の依頼で1748年(74歳)に書き上げ、1755年(81歳)に刊行された『梅山種茶譜略』は日本における茶の歩みを記した古典であります。
 高遊外は幼名を柴山菊泉、現在の佐賀市蓮池町に生まれました。父は蓮池藩の医者でありましたが、近くの黄檗宗龍津寺の化霖和尚の下で僧「月海元昭」として修行に励み、堕落した僧侶組織に鋭い批判を唱え(『対客言志』、参照)、1730年(56歳)には佐賀から京都に移り住み、売茶で生計を賄いました。1842年(68歳)には僧籍を返上して「高遊外」と改名し、また蓮池藩からの束縛からも解放されました。
 晩年は高弟の月海元皓、大典常顕、伊藤若冲などとの「売茶翁サークル」のなかで、孤高清貧の89歳の生涯を閉じました。
 高遊外は黄檗宗僧としての本務よりも「茶の湯」と対比される「煎茶道」に多大な影響を与えた人としての評価が定着しています。その高遊外が自ら記した茶に関する唯一の書が『梅山種茶譜略』です。
 この原著に対して、その後に注記などが加えられた書が出て、どの部分が原著でどの部分が後世の追加文かが判別できませんが、天保9年の高山寺本版を底本とするもの、明治26年の富岡鉄斎が跋文を付した鉄斎版を底本とするものがあります。
 なお、本会第33回(平成22年12月、「高遊外売茶翁が目指したもの」)で取り上げた『対客言志』、『偈語』なども用いて紹介します。

 なお、参考した『梅山種茶譜略』は、
  大槻幹郎『煎茶文化考―文人茶の系譜―』思文閣出版、2004年
  小川後楽『梅山種茶譜畧』全国茶商工業組合連合会、茶文化学術情報誌
      「茶の文化」第6号、2006年
  井上敏幸『高遊外売茶翁の心』葉隠研究60号、2006年
 です。

 当日は6月最後の日、雨の日でも晴れの日でも、風情の豊かな修学院境内の散策を兼ねて、お出かけください、お待ちしています。

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