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2013年2月 9日 (土)

「第59回 背振山茶談議」のお知らせ

「第59回  背振山茶談議」

日時   平成25年2月23日(土) 午後2時~
場所   修学院  佐賀県神埼郡吉野ヶ里町坂本
テーマ  村岡 実「佐賀における紅茶 ~明治期~」
参加費  諸経費として 300円  

 今年、2013年11月1~2日に「地紅茶サミット」が嬉野市で開催される。
「地紅茶」または「和紅茶」とも称される国内で生産され流通・販売される紅茶は茶産地の新たな展開としてその動向に期待が寄せられている。
 というのも、産業革命を経て資本主義による商品生産社会を突き進んでいた欧米が新たな市場開拓として日本に目をつけ、それまで長崎出島だけに限定していた海外との貿易窓口を国内各地に開設するように軍艦を派遣して要求してきた。このため1854年、幕府はこれら列強国への市場開放を余儀なくされ、列国が求める生糸や茶などが国内から運び出されることになった(通説では、外貨獲得の為の輸出品とされてきたが、果たしてそうであろうか)。

 それまで茶は生業の自給自足的また献上品であり、日本の茶産業は国内での茶需要ではなく海外への輸出向けとして展開することになった。輸出茶種は当初は緑茶であったが、海外での紅茶嗜好に対応する為、明治政府は紅茶製造・輸出を国策として展開した。しかし、紆余曲折の最終結末は1971年に紅茶の輸入自由化が決まり、わずかながらも生産・流通していた国産紅茶も例に漏れず「清算補助金」施策でほぼ姿を消した。
 しかし、昨今は国内各地の「地方色(地酒、地ビール、B級グルメなど)」への関心が高まり、紅茶も各地・各生産者自前の製品とそれを愉しむネットワークができている。明治期の紅茶振興を「国政主導」とすれば、昨今の展開は「民間活力の展開」と云えるであろうか。

 そこで今回は、嬉野市で開催される「全国地紅茶サミット」へのエールと明治政府の「紅茶施策」の轍を学び、国産紅茶が堅実に発展していくことを願い、まずは明治期における佐賀県各地で取り組まれた紅茶製造の状況を紹介する。用いる原資料は明治17年8月1日創刊の「佐賀新聞」の日々の記事に加えて、明治30年を皮切りに3ヶ年東背振村大字松隈字坂本(修学院もここに集落)で紅茶傳習を担った八女市矢部村「川口米吉」翁の資料(川口家資料)などを用いて紹介する。
 また、当日は演題にちなんで、スリランカ紅茶と嬉野紅茶を準備しています。

 世界中の出来事が大洪水の如く、絶えることなく押し寄せて来ては掃き捨てられる「情報浪費」の日々です。でも時には修学院の境内から近くの吉野ヶ里遺跡を、遙か彼方の有明海、雲仙普賢岳を遠望されては如何でしょうか。
 1300年の歴史を刻むこの地、修学院からの遠望や境内の四季折々の「花鳥風月」の
風情の中で、「自らが立つべき足下」を見いだされるのではないでしょうか。
 境内の木々は今年の命を芽吹かせていることでしょう、でもまだ寒い時節です。暖かくしてお出かけください。

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